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2010年6月8日火曜日

地名:錫高野〔近代〕

本ブログに先日(5/31)紹介した、「角川 日本地名大辞典 8 茨城県」(昭和58年12月8日発行)に記載された錫高野〔近世〕のつづきとして、錫高野〔近代〕を次に記す。
「錫高野〔近代〕
明治22年~現在(注:辞典発行当時)の大字名。はじめ岩舟村、昭和30年からは桂村の大字。明治24年の戸数120・人口679、厩(うまや)81。錫鉱山は明治以後池内鉱業所が採掘。明治42年タングステンの原鉱である「重石」の露頭発見、同44年三菱鉱業が買収し高取鉱山として本格的操業。第1次大戦を契機として急速に発展。大正6年の従業員200人、生産高3万1,463貫。高取鉱山診療所・岩船尋常高等小学校高取分教場が設けられ、ランプ生活の錫高野のなかで鉱山には伝統が輝き、電話が架設された。しかし第1次大戦の終結とともに事業も縮小、操業と休山を繰り返しながら昭和38年閉山となったが、同42年からは千歳鉱業が事業を継承。」

(参考)東茨城郡桂村は合併により、2005.02.01から東茨城郡城里町になりました。(日本郵便

地名「高取鉱山」および隣接の「仏国寺」について以降順に記す。