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2017年5月31日水曜日

「イディッシュの民話」

単純なデザインを始まりにして、「いれこ」に繰り返していくと、現実の自然景観のような複雑な形になる。あるいは空想だが、物質を微細に奥深く探っていくと、その先に別の空間(次元)が存在する、無限な「いれこ」構造の世界観が好きだ。

先日のブログで、落語に「思い込みと逆転世界」(例えば「粗忽長屋」、「頭山(あたまやま)」)があると記したが、今日、Amazonから届いたベアトリス・ヴァインライヒ(Beatrice  Weinreich)の著「イディッシュの民話(Yiddish Folktales)」(秦剛平訳、青土社)に、こんな話(第3話「不幸は不幸を呼ぶ」)が載っていた。説教調だが、物語の場面(構造)に興味深いものがある。
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昔あるところに、貧乏な男がいた。物乞いして歩くのがいやでたまらず、そのことを神に訴えた。そのため、彼の背中にこぶができて大きくなりはじめ、そればかりか、そこからはまた男が出てきて大きくなりはじめた。その男には口もついていた。乞食が一切れのパンを食べようとすると、背中の男がそれを奪ってしまうのだった。

そこで乞食は祈った。「主よ、消したり書いたりしないでください。すべてあるがままにしておいてください」

だから人は、自分が不幸だなどと決して口にしてはいけないのです。不幸はさらに不幸を呼ぶからね。
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KBS WORLD「国楽の世界へ」 ブランコ(鞦韆)

KBS WORLD「国楽の世界へ」は、先週水曜日(5/24)に文化的なキーワードに基づく韓国文化シリーズとして、「端午節句」の楽しみ「ブランコ(그네:鞦韆しゅうせん)」に関連した曲を紹介した。

始めに、端午節句の楽しみブランコと、パンソリ「春香歌(춘향가)」について次のように紹介された。
・田植えが終わる頃、5月5日は端午節句だ。旧暦の場合、今年は5月30日となる。この時期、各地に様々な風習がある。仮面をつけて踊る「仮面踊り(탈춤)」や、江原道の江陵では、シャーマニズムの山神への祭儀(굿)がある。男は市場に設けた舞台で、民族競技「相撲(씨름)」をする。女性はブランコを楽しむ。パンソリ「春香歌」は、鮮やかな春の日、地方官の息子「李夢龍(이몽룡)」(=李道令이도령)が、ブランコに乗る妓生の娘、美しい「春香」に一目惚れする愛の物語だ。

▼ 「李夢龍(道令)が、春香がブランコに乗る姿を見る場面( 이도령이 춘향이 그네 타는 모습을 보는 대목)」を聴く。余程に元気にブランコをゆらしたのだろう。

次に、詩人「徐廷柱서정주)」(1915年~2000年)の「鞦韆詩(추천사)」について次のように紹介された。
・詩人徐廷柱は、春香がブランコ(鞦韆)に乗る場面を「鞦韆詩」にしたためた。副題に「春香の言葉」がつく。小間使いの香丹(향단)に、ブランコを空に向かって力強く押して欲しいと歌っている。届かぬ夢への渇望を、ブランコに託したのだろう。

▼ 「鞦韆詩」を歌にした曲「鞦韆の詩(추천사)」を聴く。空を切る、風を切る、海の彼方へ今様に。

最後に、春香と李夢龍初めて出会った、端午の時候について次のように紹介された。
・民は生活のため、朝早くから畑や干潟で働いた。一方、豊かな家の女性は閉じこもるように生活した。最近、端午の頃は夏のようだが、昔はのどかな春の侯だった。山緑の美しい端午の季節に、ひさびさに外出した女性たちがブランコに乗る解放感は、想像を超えはず。春香と李夢龍がすぐ恋に落ちた背景に、端午の時期に初めて出会ったからという理由もあるだろう。

▼ しだれ柳の合間、空を切って自由を感じる女性たちを描いた南道民謡「しだれ柳(휘여능청)」を聴く。まさに溌剌。

・端午節句に、韓国では相撲やブランコ、日本では鯉のぼりを立て祝うなど、各々違った風習が興味深い・・・とのこと。